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東京地方裁判所 平成10年(ワ)3964号 判決 1998年9月30日

原告

木口節子

右訴訟代理人弁護士

海野浩之

笠原克美

被告

大崎鉄工株式会社

右代表者代表取締役

木口義信

右訴訟代理人弁護士

野口三郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成八年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が被告の代表取締役等の職務執行停止代行者選任の仮処分命令の申立てを行うとともに、民事予納金を納付したところ、右予納金の中から職務代行者らに対する報酬が支払われたとして、原告が被告に対し、民法七〇二条一項、又は同法七〇三条に基づき右報酬相当額の金員の支払を求めた事案である。

二  前提となる事実

1  被告は、製罐及び板金製品の加工並びに製作販売等を目的とする会社であり、原告はその筆頭株主である(甲五)。

2  原告は、平成七年七月二六日、被告の当時の代表取締役等の職務執行停止代行者選任の仮処分命令の申立てを行ったところ(東京地方裁判所平成七年(ヨ)第二〇〇六七号、以下「本件仮処分」ということがある。)、同裁判所は、同年八月二日、代表取締役等の職務執行停止並びに弁護士多比羅誠を取締役兼代表取締役職務代行者に、同腰塚和男を取締役職務代行者に選任する旨の仮処分決定(以下「本件決定」という。)をした(争いがない。)。

3  同裁判所は、平成八年三月一日、右職務代行者らに対する平成七年八月二日から平成八年二月二九日までの報酬を合計五〇〇万円とする決定を行ったが、右報酬は、原告が平成七年八月二日及び平成八年一月一〇日に同裁判所に予納した民事予納金から支払われた(争いがない。)。

4  当時の被告の代表取締役等は、本件決定に対し、仮処分異議を申し立てたところ(同裁判所平成八年(モ)第三五八〇号事件)、同裁判所は、同年四月一七日、被保全権利の存在並びに保全の必要性についての疎明が不充分であるとして、本件決定を取り消した上、原告の仮処分申立てを却下する旨の決定(以下「本件異議決定」という。)をした(甲五)。

これに対し、原告は、保全抗告の申立てを行ったが(東京高等裁判所平成八年(ラ)第七〇九号事件)、東京高等裁判所は、同年一二月二〇日、右抗告を棄却した(乙一)。

5  被告は、平成一〇年四月一五日の本件第一回口頭弁論期日において、原告に対する違法不当な仮処分申立てによって被告が被った報酬額相当の損害賠償請求権を自働債権とし、原告の本訴請求と対当額において相殺する旨の意思表示をした(顕著な事実)。

三  争点

本件における争点は、①原告は、被告に対し、民法七〇二条に基づき本件報酬相当額の費用償還請求権を有するか否か(原告は、職務代行者と会社との内部関係は委任ないし準委任契約関係にほかならないから、職務代行者に対する報酬は会社が支払うべきものであるところ、本件では原告がこれを立替払しているから事務管理が成立すると主張する。)、②原告は、被告に対し、民法七〇三条に基づく不当利得返還請求権を有するか否か(原告は、法律上の義務なくして、職務代行者に対する報酬を立替払したものであり、その結果、被告は本来支払うべき職務代行者に対する報酬の支払を免れているから、不当利得が成立すると主張する。)、及び③被告の相殺の主張の可否(被告は、仮に、原告主張の報酬額を被告が負担すべきものであるとすれば、その金額は原告の違法不当な仮処分申立てという不法行為により被告の被った損害金に加算されるべきものであると主張する。)である。

第三  争点に対する判断

一  争点①について

裁判所が債権者の申立てに基づいて、債務者会社の代表取締役等の職務執行停止代行者選任の仮処分決定を行った場合、当該仮処分決定によって職務代行者と会社との間に委任ないし準委任契約が成立するものではなく、これにより選任された職務代行者は、仮処分の効力により代表取締役等の権利義務を有することとなるのであるから、その地位は、当該仮処分によって創設された一種の公職であると解するのが相当である。したがって、これにより、職務代行者と会社との間に委任ないし準委任契約が成立することを前提とする原告の主張は、その前提を欠くものとして、失当といわざるを得ない。のみならず、原告は、原告が職務代行者の報酬を負担したこととなる本件においては、事務管理が成立すると主張するところ、原告の本件仮処分の申立ては、原告が株主としての自己の権利、利益を確保するために行ったものというべきであるから、原告は、民法六九七条一項所定の「他人の為めに事務の管理を始めたる者」には該当しない。そうすると、本件仮処分の申立てに伴う民事予納金が仮に職務代行者の報酬に充てられたとしても、これを民法七〇二条一項所定の「費用」に該当するということはできない。

よって、いずれにせよ、民法七〇二条に基づき、原告が被告に対し、本件報酬相当額の費用償還請求権を有するものと解することはできない。

二  争点②について

原告は、原告が法律上の義務なくして、職務代行者に対する報酬を立替払したものであり、その結果、被告は本来支払うべき職務代行者に対する報酬の支払を免れている旨主張する。しかしながら、職務代行者と会社との間に委任ないし準委任契約が成立するものでないことは、前記のとおりであるし、そもそも裁判所が選任する職務代行者は、民事訴訟費用等に関する法律二〇条所定の民事訴訟等に関する法令の規定により任命した管理人に該当するものと解され、職務代行者に支払うべき報酬及び必要な費用については、裁判所がこれを債権者に予納を命ずることができ(民事訴訟費用等に関する法律一二条一項)、最終的には、訴訟費用として、原則として敗訴当事者が負担することとなるのである(同法二条一六号、民事保全法三二条、七条、民事訴訟法六一条参照)。したがって、職務代行者に対する報酬は会社(本件においては被告)が当然に負担すべきものであるということはできず、この点を前提とする原告の主張も、到底採用できない。その他、本件において、被告が職務代行者の報酬相当額を利得している事実、並びにそのために原告が報酬相当額の損失を被っているとの事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、原告は、本件異議決定において、申立費用はこれを二分してそれを各自の負担とするとされているのであるから、原告が予納し、職務代行者に支払われた五〇〇万円の半分である二五〇万円が債務者側五名の負担となり、被告はその五分の一である五〇万円を負担すべきであるとも主張するが、訴訟費用については、訴訟費用額確定決定等の仮処分の付随手続でその清算を求めるべきであって、これを別訴で請求することはできないものと解するのが相当である。

第四  結論

そうすると、原告の本訴請求は、その余の点を検討するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官小磯武男)

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